『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の考察です。
記号論の観点から見ていきます。





阿頼耶識システム


阿頼耶識
阿頼耶識とは、大乗仏教で使われている言葉で、
無意識の最も深い場所にある、
共有化された記憶領域の事です。

人間の【生】を個として捉えた場合、
個々が経験した記憶は、種子(しゅじ)として記憶領域に蓄積され、
親から子、子から孫へ、別の個へと引き継がれます。

無意識を知覚する事は、普通の人には出来ません。
心を通じて顕現した意識によってのみ、
心のありようを知る事が出来るというのが、
仏教における「識」の考え方です。

仏教では、【生】から生じる個の心のありようを
実体の無いもの=空であるとし、
心の静寂、すなわち涅槃に入る事を教義としています。


鉄華団

鉄華団では、同じ団の仲間の事をたびたび、
家族」と称しています。

阿頼耶識システムによって共有化された
個々の意識がそうさせているのでしょうか、
仲間の死に対しては、激しい怒りを心の外側に顕現させます。


オルフェン(orphan)とは「孤児」の意であり、
個々に対して呼ぶ時は、普通は複数形では表しません。

彼らの【生】は、鉄華団の中で育まれ、
同じ記憶を共有して蓄積されたものです。
阿頼耶識に蓄積された記憶が、
集合的無意識として個々の意識に働きかけている様子を、
複数形にして呼ぶ事で表しているのでしょう。


阿頼耶識

鉄の華とはさながら、死んでいった仲間の血の池に浮かぶ
赤蓮といったとこでしょうか。

極楽浄土を彷彿とさせる、意味深なネーミングです。



以上を踏まえて、本編を考察していきましょう。



三日月オーガスはお釈迦様


三日月オーガス

三日月オーガスは、この世に生きながら涅槃の境地に至った
有余涅槃の人であると考えられます。


有余(うよ)とは、悟りを開いた人物が
現世に残す【生】の余り物、すなわち肉体の事です。

三日月は、一度は滅していたはずの【生】を、
悪友のオルガ・イツカに拾われた事で、
残りの人生の全てをオルガの為に使い、
そこに生じる迷いや疑問の一切を放棄するという、
尋常ならざる決意をします。


涅槃
 第37話 クリュセ防衛戦
 俺の命は元々オルガに貰ったものなんだから、
 俺の全部はオルガの為に使わなくちゃいけないんだ。


三日月はオルガのおかげで肉体こそ現世に留められたものの、
心は生きながらに滅した静寂の状態のままです。

彼が阿頼耶識システムを使いこなせるのは、
心の内側に生じるノイズが無いから、
平たく言えば、悟りに目覚めているからだと言えます。

しかしそれは同時に涅槃に近付いている事も指しており、
彼はこうしてオルガと会話している間も、
涅槃の本来の意味である、あの世に足を半分突っ込んでいるのです。


三日月オーガス

三日月の肉体は徐々に無余涅槃へ、
すなわち【生】の消滅へと入っていきます。

エドモントンの戦闘では、右目の視力と右腕の機能が、
クリュセ防衛戦では、ついに右半身の全ての機能が不随となり、
個という実体を失っていきます。

集合的無意識である阿頼耶識に接続した時だけ、
三日月の【生】は実体を伴う、という訳です。



鉄血のオルフェンズが描く【生】


そんな三日月も、たった一度だけ、
敵が発した言葉に動揺した事がありますよね。


三日月オーガス
 第13話 葬送
 三日月、震えているのですか?

 えっ、ほんとだ。何でだろう、今日はちょっと変だな。

ヒューマンデブリの子供達を手駒として使う、
宇宙海賊ブルワーズのエースパイロット・クダルが放った、

お前楽しんでるだろう、人殺しをよぉ

という言葉を思い出し、
火星ヤシを渡す三日月の手が震えるというシーンです。

フミタンの言を借りれば、
「無意識の内に現れる歪み」でしょうか。

無意識とはもちろん、阿頼耶識の事。
敵を躊躇なく殺害に至らしめているという記憶の種子が、
手の震えとなって意識の外に顕現したのでしょう。


この回は、全50話の中でも特に重要で、
ひとつ前の第12話からキーワードとして出ていた
人は死んでもこの世に戻ってくるという生まれ変わりを信じて、
死んでいった子供達の葬式を取り行う事を、
メリビットさんが提案する回でした。


それから、名瀬の兄貴が、

 知ってるか、人死にが多い年にゃ出生率も上がるんだぜ。
 子孫を残そうって判断するんだろ。
 そうすっと隣に居る女がめちゃめちゃ可愛く見えてくる。


と言って人目も憚らずにアミダと熱烈なキスを交わし、
それを傍目でしっかり見ていた三日月が、

三日月オーガス

手の震えを心配してハグしてくれたクーデリアに
突然のキスをする回でもありましたね。


この回は後のフラグにもなっていて、


アトラ
 第38話 天使を狩る者
 クーデリアさんの前世って何ですか?

 次にどこかへ行ったら、三日月、もう戻ってこないような気がして。


 私、クーデリアさんにお願いしたい事があるんです。
 三日月と子供、作って欲しいんです!



この核心を突いたシーンに繋がっています。


戦いの中で散っていった鉄華団のメンバーは
来世に生まれ変わる可能性がありますが、
三日月だけは来世はありません。
【生】から解脱して、完全に涅槃に入ったからです。

涅槃に入った仏陀の死を入滅と言います。
普通の死とは異なり、肉体も、魂も、何もかも滅し、
生まれ変わる事無く、二度と現世に戻ってはきません。

「この世の一切は空である」と悟るのが涅槃の境地ですから、
涅槃に到達し全てを滅した者には、
この世に生きた痕跡が残らないのです。


そこでアトラは、三日月の【生】を現世に留まらせる為に、
仏陀の戒めを破らせます。

それが生殖です。


仏陀

出家僧の古い戒律の中には、
交わりをすれば愛情が生じ、愛情が生じれば苦が生じるとして、
生殖行為を禁止する項目があります。

手の震えから見て取れるように、
心の静寂を獲得した三日月と言えども、
【生】の余り物である肉体には、
その先を生きたいと願う煩悩が残されています。

煩悩を残していては、涅槃に辿り着けません。

三日月に心を呼び戻せば、【生】への執着が現世に残り、
死んだ仲間と共に生まれ変われるという事です。


三日月とアトラが結ばれた理由は、
名瀬の兄貴の言葉通り、人死にが日常となる中で、
隣に居てくれたアトラが「めちゃめちゃ可愛く見えた」のでしょう。

それはつまり、有余涅槃の人である三日月が、
心の中の煩悩に敗北した事を意味します。


すなわち、【再生】です。



【生】から【再生】へ


お釈迦様の遺言、自灯明をご存じでしょうか。


自灯明

自灯明とは、「らを灯明とせよ」という
釈迦の最期の教えです。


三日月は、オルガの【生】に照らされ、
「月」として生きてきました。

俺の全部はオルガの為に使う、という決意は、
言い換えればそれは、オルガに依存して生きているという事。

三日月の心のありようが如何なるものであろうとも、
三日月の【生】は、三日月の物であり、
他の何物にも代えがたい存在でした。

少なくとも、三日月の子を宿したアトラと、
2人を支えたクーデリアにとっては。


アカツキ

三日月は、初めてオルガ以外の人物に、
自らの【生】を残します。

この選択は、オルガの「月」として生きてきた
三日月にとっての【再生】であり、
生まれてくる子を、自分の代わりとして育てて欲しいと願う、
「暁=夜明け」を意味する灯明であります。

三日月は、子を成した時点で、
オルガの目指す場所に辿り着いていたのと同時に、
最後の最後で、他人に依存する己の生き方を否定したのです。


ラストシーンには、親から子、子から孫へと引き継がれ、
阿頼耶識に蓄積されてきた【生】の記憶が、
色濃く反映されています。

「家族となった」と言い表すのが、
最も当てはまるんじゃないかと思います。



鉄血のオルフェンズ

鉄血のオルフェンズは、人類が連綿と続けてきた【生】を、
阿頼耶識システムの深層表現と、
悟りの境地にある三日月の心理描写により、
そこに付随する愛情や苦しみとして、
克明に浮かび上がらせる事に成功してます。

ガンダム史に残る傑作である事は
間違いないでしょう。




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