記号論から解釈する平成ライダーシリーズ、
『仮面ライダーエグゼイド』の考察です。





庵野秀明や宮崎駿を卓越している東映作品


平成ライダーシリーズ

平成ライダーシリーズは、『仮面ライダー竜騎』以降から、
16作連続で記号化された表現を用いています。


分かりやすい例で言えば、


『仮面ライダー555』 ペルソナ理論
 理想の自分=夢という仮面を付けたのが人間。
 拒絶したい自分=影(シャドウ)が表層化したのがオルフェノク。
 乾巧は夢を持たない=仮面をつけてないから仮面ライダーに変身できる。

『仮面ライダーカブト』 相対性理論
 物体が高速で移動するほど周囲の物体が止まって見える。
 これを演出として表現したのが作中のクロックアップ。
 光の速さを超えるとハイパークロックアップ。

『仮面ライダー電王』 特異点定理
 野上良太郎は不幸を呼び寄せる=ブラックホール(∞)。
 桜井侑斗は運命を跳ね除ける=ホワイトホール(ゼロ)。
 アインシュタイン方程式にゼロか∞を代入すると解無し(特異点)となる。


作中のキーとなる題材を記号化し、
平易に理解できる映像表現に落とし込む事で、
記号の意味が分からなくても観ていて面白い、
高度なエンターテイメント作品に仕上がっているのが、
平成ライダーシリーズの特徴です。


崖の上のポニョ

記号の意味を伝えずに作品として成立させる手法は、
スタジオジブリの代表作のひとつ、
『崖の上のポニョ』でも試みられたものの、
面白さを損なっていた点で功を奏したとは言えません。

記号化された表現をいち早く取り入れた現・スタジオカラーも、
『エヴァンゲリオン新劇場版:Q』では難解なまま放り出し、
観客を大いに困惑させています。


エヴァやジブリによって制作の現場に浸透した記号表現ですが、
20年経った今では、脚本に入る前の企画がどこも入念で、
昔よりずっと使いこなされています。

東映には実写映画で培った一日の長があり、
こうした表現はお手の物です。



仮面ライダーエグゼイドとゲーム理論

仮面ライダーエグゼイド

『仮面ライダーエグゼイド』では、
ノーベル経済学賞を受賞したゲーム理論を題材に、
プレイヤー間の駆け引きをベタな表現に落とし込んでいます。

ゲーム理論とは、利害が対立する相手との間に、
どのような駆け引きが生じるかをゲームのようにシミュレートし、
自己の利得を追求するのか、お互いに両得となる選択をするのか、
数学的に導き出して考える学問です。

提唱者のジョン・フォン・ノイマンが、
こういうのを考えるのが異常に得意な人だったので、
理論体系が具体的な事例ごとに纏められ、
経済学以外の分野に応用されるほどに一般化しました。

まさか特撮番組の制作にも応用されるとは、
流石に思ってませんでしたが。



【協力】のキーワード


宝生永夢鏡飛彩花家大我九条貴利矢

『エグゼイド』の場合、

利害が対立する相手=ゲームの対戦相手

に見立て、幾度となく争わせ、時には手を組ませたりしてますが、
これがまさにゲーム理論における、
非協力ゲーム・協力ゲームに当たります。

  • 九条貴利矢との最初の利害一致=爆走バイク
  • 4人の混合戦略=ドラゴナイトハンターZ
  • 医師と患者間の信頼関係の構築=仮面ライダークロニクル

過去のシリーズ作品を見てみると、
グローバルフリーズの説明があって重加速現象の表現があり、
デミアプロジェクトの説明があって魂の表現があるなど、
作中で起きている事を理解するのに、
前置きとなる設定の説明を必要としていました。

しかし今作では、ドクター4人の心理的駆け引きのみで、
プレイヤー間の利害関係を描き切っています。
難しい表現は一切無く、余計な前置きを必要としていません。

宝生永夢の「協力しましょう」という台詞が、
ゲーム理論への明らかな誘導であるにも関わらず、
そうだと感じさせない脚本は見事。

記号表現が自然に溶け込んでいます。



ゲーム理論の実態


ゲーム理論というのは実際の所、
単なるシミュレート結果として扱われる事がほとんどです。
ピケティの格差論の方がよほど支持されています。

「経済は生き物」とよく称されますが、
生き物を扱うには、周到な計算よりも細やかな心配り、

という事でしょうね。


命のやりとりをシミュレートする幻夢コーポレーションに、
医者としての志を高く掲げる宝生永夢が怒りを覚えるシーンも、
単なる研修医の絵空事で完結させず、
命を扱うテーマにとてもマッチしていると思います。




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