前回の記事で、主題歌『Celestial』の歌詞から
スペインの首都・マドリードの位置にかかった雲について、
その意味を解説していきました。
さて、記号論の使い手を名乗る私には、
シナリオ中の秘匿された領域・パルデアの大穴について、
実はもう1つの意味があるのではないかと思えます。
ポケモンシリーズでは、ディレクターが
増田順一さん→大森滋さんに代替わりして以降、
シナリオ構造にある変化が起きています。
ポケモンSVでもやはり、その傾向が顕著に見られるからです。
今回は、サンムーンと剣盾のシナリオ構造を振り返りながら、
大森マジックの全貌を明らかにしていきましょう。
大森滋作品の特徴「2段構えのシナリオ」
私が扱っている記号論とは、代数計算のスペシャリストである
米国の数学者・パースによって編み出された、
代数「X」に別の何かを当てはめる論理式を
小説などのシナリオの構築に応用した手法の事です。
サンムーンのシナリオを例にとって説明します。
サンムーンでは、代数「X」=ほしぐもちゃんに
「太陽と月」の意味を代入する事で、
全てが自分を中心に回るルザミーネを「天動説」に、
母の見方から改まったリーリエを「地動説」に見立てており、
天道説→地動説にコペルニクス転回する様子を描いている、
という解を出力する事が出来ます。
大森さんのインタビュー記事にある
「見方を変えることで、回転の仕方が異なる」というのが、
具体的にコペルニクス転回を表している訳です。
参照:ウルトラサンムーンのシナリオ構造
サンムーンのシナリオの特徴は、
これで終わりではなかった所にあります。
ウルトラサンムーンでは、代数「X」=ほしぐもちゃんを
にちりんポケモン、がちりんポケモンに進化させ、
新たに別の意味「日輪と月輪(光明)」を代入する事で、
ネクロズマを「無明」に見立てた大乗仏教の世界観を表現し、
論理式で出力される解をがらっと変えたのです。
エヴァの大ヒット以降、サブカル全般において
記号化されたシナリオを提供する作品が明確に増えましたが、
1つの記号に対して2つの解を用意したシナリオは、
国内・海外を通じておそらくウルトラサンムーンが初です。
続いて、ポケモンソードシールドの
シナリオの例も見ていきましょう。
参照:ソードシールドのシナリオ構造
剣盾では、代数「X」=ムゲンダイナ(Eternatus)に
「無限にして永遠なる神」の意味を代入する事で、
ブラックナイト(the Darkest Day=冬至)の3日後に誕生する
新チャンピオンをキリストの再誕に見立てた、
旧時代の終わりと新時代の始まりを表現しています。
旧時代とは、ローズ委員長の1000年(千年王国)と
ローズと結託する王者・ダンデの時代を指し、
ダンデの決め台詞「Champion Time」を決勝戦の時だけ
俺の時代は終わらない、という意味に取らせる念の入れようです。
参照:鎧の孤島・冠の雪原のシナリオ構造
追加シナリオにおいては、代数「X」=ムゲンダイナを
イングランドの神に見立てたのはそのままに、
ケルトの祭日にアップデート日を設定し、
夏至
アイルランド上王(Ard-Rí=直訳すると熊の王)
ハロウィン
スコットランド上王(2頭の馬持ち、えらい)
を登場させ、実際の国旗の色にもなっている
スコットランドを青、イングランドを赤で表す事で、
ブリテン島の支配権を巡るケルトとローマの争いの構図を
論理式の別解として伏せていた事が分かります。
このように、大森滋さん以降のポケモンシリーズは、
代数「X」に同じ記号を代入しても導かれる解が1つではない、
2段構えのシナリオ構造が特徴です。
これぞまさに大森マジック。
サンムーンに剣盾と、立て続けにマジックを披露したとなれば、
今作のポケモンSVにも当然ですが、
2重に記号化が施されていると見て差し支えないでしょう。
そして代数「X」=パルデアの大穴が、
どうやらその2重に記号化された記号対象に当たる事は、
作中の描写から既に読み取る事が出来るのです。
エリアゼロとパラドックスポケモン
パルデアの大穴に施された、もう1つの記号化。
それは、この場所が「エリアゼロ」と呼ばれており、
タイムマシンと関係している点にあります。
エリアゼロは何が「ゼロ」なのか?
タイムスリップネタを扱う作品に頻繁に触れている人なら、
仮面ライダーゼロノスの例を挙げるまでもなく、
すぐにピンと来るのではないでしょうか。
オーリム/フトゥー博士が完成させたタイムマシン。
タイムマシン理論には、アインシュタイン方程式という
慣性の法則によってまっすぐ進む光に
重力の影響を含めた計算式が用いられているのは、
よく知られている所です。
ところが、この計算式にゼロを代入すると、
得られる答えが解無し(∞)になります。
大きさがゼロ、重さが無限大となる重力の場に、
まっすぐ進んでいた光が停止し、
時間が止まって見える事をこの計算結果は示していました。
引用:Wikipedia「ゼロ除算」
ゼロ除算は、数学的には存在するけれど、
自然科学には存在しないものとして計算されてきました。
ですが、大きさがゼロ、重さが無限大の、
アインシュタイン方程式を破綻させてしまう重力場は、
何と実際に存在していたのです。
アインシュタインが残した宿題に挑んだ
ペンローズとホーキング、2人の天才物理学者は、
重力崩壊によって生まれたブラックホールの中に
極大の重力、すなわち特異点がある事を証明しました。
2人が行った証明は、ホーキング博士が他界した2年後、
2020年のノーベル物理学賞に選ばれています。
面白い事に、オーリム/フトゥー博士は
この特異点定理に関する計算式を
ゼロラボのホワイトボードに書き殴っているようで、
一見すれば「よくわからない計算や文章」が、
見る人が見れば実は、大きさがゼロ、重さが無限大の
重力場の計算に纏わるものだと分かるそうです。
タイムマシンの実現性を計算してたんでしょうか。
ここまで来れば、エリアゼロにあった
謎のプレートに描かれた図形が何を指すのか、
私にも何となく分かります。
これは光円錐ではないでしょうか。
引用:特異点定理とその後の展望
光円錐は、『シュタインズゲート』等で散々当て擦られた、
過去から未来に向かって進んだ光が、
やがて一周回って過去に戻ってくるという説明に用いられる、
タイムスリップネタで頻繁に登場する図です。
相対性理論をきちんと定義したもので、
世界中の物理学者から大真面目に考察されており、
引用先でも「みなさんお馴染み」と定義されています。
エリアゼロとは、アインシュタイン方程式を含む
あらゆる物理法則が破綻した、
パルデア地方の特異点だと考えられ、
そこでは慣性の法則に従ってまっすぐ進む光も、
必ずしも過去から未来に向かう訳ではない、
という仮説が立てられます。
しかし、重力の特異「点」と言うのなら、
ゼロのエリアではなくゼロポイントと呼びたい所ですが、
こっちの呼び方には別の意味があるんですよね。
理系ネタはお馴染みじゃなくとも、
こういうネタにはめっぽう強い私。
ゼロポイントとは、過去から未来までのあらゆる事象を
その一冊に記したと言われている、
アカシックレコードの別名なのです。
スカーレット/バイオレットブックが
これに当てはまる描写のように見えますね。
アカシックレコード扱う神智学の思想では、
過去から未来へと進んだ時間は、
やがて一周回って過去へと戻ってきて、
その間に起こった出来事が本に記録されるのだそうです。
だから未来で起こる事も書かれてあるそうな。
うーん、どこかで聞いた話。
光円錐を用いて、情報を整理してみましょう。
エリアゼロとは、一定方向に直進する時間が
ぎゅっと縮まって一カ所に留まった場所(特異点)であり、
そこでは過去も未来も関係なく、
ゼロ時間で行き来する事が可能だと考えられます。
しかし時間が経過しないという訳ではなく、
歳も取りますし、不慮の事故で亡くなる事もありますが、
エリアゼロの一歩外から観測すれば、
過去と未来のポケモンが闊歩する大穴の開いたその場所が、
時間が停止してるように見える、という理屈です。
となると、パラドックスポケモンは
実際にはパラドックス(矛盾)した存在とは異なり、
ぎゅっと縮まった時間の中を渡ってきた、
何の変哲もない普通のポケモンだという事になります。
ペパー
アレ? でも 父ちゃんが
タイムマシンを 作ったから
未来のポケモンが 来たんだよな?
タイムマシンが できる前の 本に
未来のポケモンが 書かれてるのは
おかしくねー……?
エリアゼロ=特異点と定義すれば、
異なる時間軸の矛盾に対する
ペパーの疑問にも説明が出来ますね。
時間が一カ所にぎゅっと縮まった場所ですので、
エリアゼロで起こった全ての事象は
過去でも未来でも起こった事として適用されるからです。
パルデアの大穴もどの時代でも開いているはず。
オーリム/フトゥー博士が「楽園」と読んだ場所は、
現在という観測地点から見た過去や未来、
つまり時間の概念がゼロのエリアだった訳です。
最後に、パルデア地方に特異点を生み出したのは、
つまりパルデアの大穴を開けた張本人は、
「円盤のポケモン」だったのではないかと考えられます。
ゼロポイント・フィールド仮説によれば、
過去から未来へと進む「光」の中に
宇宙の始まりと終わりを一周して蓄積してきた
過去・現在・未来の全ての情報が記録されているそうです。
神智学ではその光を「アカシア(アストラル)」と呼び、
アカシックレコードの記録媒体だとされています。
もはや全然意味が分かりませんが、
博物学に精通しているという本の著者・ヘザー博士も
私と似たような心地だったのではないでしょうか。
テラスタルオーブに蓄積される「光」が、
円盤ポケモン(仮)が過去・現在・未来に渡って記録し続けた
パルデア地方のありとあらゆる情報だったとしたら、
確かにそれは「財宝」と言えるかも知れません。
以上が、私がパルデアの大穴の奥地、
エリアゼロから読み取った別解になります。
2段構えのシナリオ構造が特徴の大森マジック。
「パルデアの大穴」にはマドリードの位置にかかった雲が、
「エリアゼロ」にはゼロ除算で導き出された特異点が、
同じ対象であるのに2つの意味に取れるよう、
2重に記号化されているように思えます。
果たして正解はどうなのか?
答え合わせは、追加シナリオ解禁後に行いましょう。
エリアゼロは何が「ゼロ」だったのか?
— 井上郁@記号論の使い手 (@semiotics_labo) December 18, 2022
パラドックスポケモンの矛盾を考察します。
【ポケモンSV エリアゼロとパラドックスポケモンの謎https://t.co/SY3J9gcJsH pic.twitter.com/Nc5Ma898Hh
コメント
コメント一覧 (7)
コメント有難うございます。
結論から言うと「無い」です。
ウルトラサンムーンで禅ネタやったのと一緒です。
だから私は完成度で言えば剣盾の方を評価してます。
ヘザーの「謎の記憶」に描かれている右下の図が光円錐に見えなくもないのですが
なにか関連性を見い出せそうでしょうか。
コメント有難うございます。
時間軸がぐっちゃぐちゃになってると踏まえれば、
あのプレートは記憶を失っている間の
ヘザー本人が設置したとも考えられます。
従って地上図やその他の記号も
ヘザーが関わっている可能性はありますね。
博士がタイムマシンを作ったことが全時間軸における大穴に影響しているとすれば、それを主人公が止めたこともまた影響するはずで、全時間軸で「停止したタイムマシン」しか存在しなくなることになります。
そうなると過去や未来からポケモンが来ることは遡及的に不可能になり、タイムパラドックスによりそれらのポケモンはいなくなるはずです。しかし、実際にはそれらのポケモンは依然大穴内部に存在しており不自然に思います。
ゲームシステム上の都合という可能性もありますが...
コメント有難うございます。
出ている情報が少ないので断言は出来ませんが
タイムマシンを動かすブックを持った博士が
過去(未来)に飛んだだけですので、
ブックがある時代は止まってないんじゃないでしょうか。
テレビモニターのように同じ方向に映り込むという
(結晶に向かって立つと、後頭部が結晶に映り込む)
光の方向が一周しているという示唆なんでしょうかね。
当時はきゃっきゃしてカメラアプリで遊んでましたが...w